Let's go to Italy!

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サンタ・マリア・デッリ・アンジェリ大聖堂は高い優雅なクーポラのある巨大な建物で、1568年から1679年にかけて、ガレアッツォ・アレッシの設計で建てられました。ファザード上部には金色に輝くマリア像もあり、見上げるほど巨大で圧巻です。


この聖堂の中に一歩入ると、とても不思議な光景が目に飛び込んできます。クーポラの真下、聖堂の中央に小さな「教会」があるのです。ポルツィウンコラと呼ばれるこの教会は、フランチェスコ修道会の最も重要な場所のひとつで、この教会を保護する目的でサンタ・マリア・デッリ・アンジェリ大聖堂が建設されました。


フランチェスコが布教を始めて間もない頃に、財産を投げうって布教の拠点として譲り受けたのがポルツィウンコラで、今でこそ壁全面が豪華なフレスコ画で覆われていますが、建物自体はとても小さく質素です。教会にはフランチェスコが修理した壁が露出しているのが見えます。礼拝堂内の正面に描かれたビザンチン様式のフレスコ画は、非常に美しく神秘的に輝いています。


ポルツィウンコラの裏には、トランジト礼拝堂があります。この礼拝堂で1226年10月3日にフランチェスコが亡くなりました。礼拝堂内部にはフランチェスコの彫像があり、足下のガラスケースにはフランチェスコが締めていた腰紐が納められています。



アッシジの聖フランチェスコ(Francesco d'Assisi、本名 ジョヴァンニ・ディ・ピエトロ・ディ・ベルナルドーネ Giovanni di Pietro di Bernardone、1182年 - 1226年10月3日)


アッシジのフランチェスコは有名な聖人のひとりです。イタリアの守護聖人で、ヨーロッパ史とキリスト教史を学ぶ上では絶対に外すことができない人物です。


フランチェスコは1182年、ウンブリア地方のアッシジで、裕福な毛織物の商家に生まれた。母親は、フランス貴族の家系出身だったという。若い頃は、家の金に飽かせて放蕩の限りを尽くした。1202年にペルージャとの戦争に参加したが、アッシジ側は敗北し、そこで捕虜となった。1年余りで釈放されたが、重い熱病にもかかり、その肉体の苦痛から回心を経験した。財産をすべて捨てることを決意し、修道士となった。アッシジの近郊で祈祷と廃寺の修復、癩患者の看病を続けるうち、「主の家」を再建せよという神の声を聞き、マタイによる福音書にあるとおりの三カ条だけを会則とした修道会を発足させた。はじめはフランチェスコの説教を聞いた二人だけが会員だった。これがフランチェスコ修道会(当初は「小さき兄弟団」)のはじまりであった。その後、フランチェスコ修道会が托鉢修道会として正式に認可されるのは1223年のことである。1224年にキリストと同じく両手両足、そして脇腹の5箇所に傷を負う聖痕を受け、1226年に故郷アッシジでこの世を去った。


人物のみならず神のあらゆる被造物は天とマリアの子ども達であり、平等に愛すべき存在であるという「万物兄弟の思想」を持っていた聖フランチェスコ。伝説の多い人物ですが、動物と話ができたという記録も残されています。有名なものとして、鳥に向かって説教を行った話や、狼を説得して回心させた話などがあります。

 

「小鳥への説教」のエピソード

修道会から離れた晩年のフランチェスコは、孤独な隠棲生活に入り、森の中の小屋に住み、小鳥たちに説教をしたと伝えられています。小鳥たちは枝から地上に降りてきて、さえずりをやめて彼の言葉に聞き入り、祝福をあててもらうまで飛び立たなかったといいます。画像はその場面、ジョットの作品です。


作品情報:Predica agli uccelli, Giotto, 1290-1295 circa, affresco, 270×200 cm



サン・フランチェスコ大聖堂は、アッシジで生まれ、死後に、聖人に列せられたフランチェスコの功績を称えるために教皇グレゴリウス9世によって建設されました。


聖堂は丘の斜面に建っているため、この斜面を利用するために上堂・下堂の二層構造を持つことになりました。1128年に教皇グレゴリウス9世によって建設が始まり、1253年に完成しましたが、その後、何度も改修が繰り返されて現在の姿になりました。


1997年9月に発生したウンブリア・マルケ地震で聖堂の建物は大きく損傷してしまいましたが、ボランティアによる修復工事などにより、2000年にはほぼ元の形にもどりました。


サン・フランチェスコ広場から入れる下堂部分は、ロマネスク様式での建築です。天井が低く荘厳な雰囲気が漂う内部では、チマブーエ、シモーネ・マルティーニ、ピエトロ・ロレンツェッティなどの中世の最高の画家たちの名画を見ることができます。また下堂内の階段を下ると、聖フランチェスコのお墓があります。


上堂部分はゴシック様式で建てられており、広々とした開放的な空間には、ルネサンス初期の名匠ジョットによる聖人フランチェスコの生涯、28の場面を描いたフレスコ画が見られます。


とても素晴らしい聖堂ですが、死ぬまで「貧乏こそ讃えられるべきだ」「豊かさは悪だ」と言い続けたフランチェスコが、こんな壮麗な大伽藍を自分と自分の教団のために建てることを、望んでいたとは決して思えません。



アッシジは、ウンブリア州ペルージャ県にある都市で、その周辺地域を含む人口約28000人のコムーネ(comune)です。


イタリアで最も古い都市のひとつで、紀元前10世紀から2世紀まで栄えたエストニア文明の遺跡も、ローマ文化のフォーロ・ロマーノの遺跡も残っています。


またフランチェスコ修道会の創設者である聖フランチェスコの出身地として知られており、キリスト教の巡礼地としての性格を持つ都市でもあります。町の城壁は聖フランチェスコの若いころに市民の手で築かれ、町全体が中世の面影を残した愛と平和の美しい町です。


フランチェスコの名を冠した聖堂やフランチェスコ修道会関連施設は「アッシジ、フランチェスコ聖堂と関連修道施設群」として世界遺産に登録されています。