12/08/2020

《イサクの犠牲》 《Sacrificio di Isacco》


1401年の毛織物商組合(Arte di Calimala)主催のコンクールの参加作のうち、現存している二作品、現在は建築家としての方が有名なブルネッレスキのものと、最終的に残りの二つの扉の制作者として選ばれた彫刻家ギベルティのものを比べてみましょう。


《イサクの犠牲》フィリッポ・ブルネッレスキ

ブルネッレスキは、画面全体を上下に二分割し、上部にアブラハムやイサクらがいる主場面を設定し、下部に主人を待つ従者とロバといった脇役を置いています。


ロバの背と祭壇を重ねることや、手前にかがむ従者たちを枠からはみ出させることで、下部が前景で上部は後景であることを見る者に明確に意識させています。


アブラハムはもがくイサクの首を押さえつけ、右手に持った刃物はもはや息子の喉に突き刺さらんばかりです。それに対し、左から飛来した天使はアブラハムの目を凝視しながら、その右腕をしっかりとつかんで彼の行為を力ずくで止めようとしています。


ブルネッレスキは、はるか昔に遠い異国で起きた聖書上のエピソードをいっそう劇的に解釈し、登場人物の感情の高揚を強調することによって、聖書の主題に現実味を与えました。

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《イサクの犠牲》ロレンツォ・ギベルティ

ギベルティは、左上方から右下方に向かってのびる岩山で、場面をはっきりと左右に二分割しました。左側ではロバを伴う2人の従者が待機しており、右側では、アプラハムが神の命令にしたがって息子のイサクを犠牲に捧げようとする瞬間、空から天使が現れ、その恐ろしい行為を止めさせようとしています。


右腕を振り上げて弓なりのポーズを取るアブラハム、それに呼応するように祭壇上で体をやや傾けたイサク、そして両者のあいだに入り込む天使は、非常に美しい形態をしています。


主題はそれ自体が劇的なものですが、ギベルティはそれを穏やかで落ち着いたやり方で解釈しました。たとえば、アブラハムの優美な容姿はゴシック様式の名残りをとどめており、またイサクの調和のとれた裸体は、生贄台の装飾ともども、古典美術を想い起こさせます。


ギベルティは聖書のエピソードの迫真性よりも、個々の形態の美しさと全体の調和に重きをおいているように見えます。

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このように、このコンクールでは、ふたつの異なる造形原理がぶつかりあうことになりました。後期ゴシックの伝統を継承しながらギベルティによって理想化された神話的な表現と、ブルネッレスキによって提示された人間の歴史の新しいダイナミックで劇的な表現のぶつかりあいです。


二人の作品は、現在バルジェッロ博物館に並んで展示されていますから、あれこれと比較しながら審査当時の模様を思い浮かべてみてください。


ちなみに、二人の作品の重さは、ブルネッレスキのものが25.5kgでキベルティのものが18.5kgです。ブルネッレスキのほうが7kgも多くの青銅を使っていますから、合計28枚からなる扉全体を完成したとすると、196kgも余計に消費する計算になります。扉はできるだけ軽量で制作される必要があったことや、高価な青銅を節約することからも、主催者としてはギベルティに決着したことで一安心したに違いありません。


作品情報:

Sacrificio di Isacco, Filippo Brunelleschi, 1401, Bronzo dorato, 45×38 cm, Museo Nazionale del Bargello, Firenze

Sacrificio di Isacco, Lorenzo Ghiberti, 1401, Bronzo dorato, 45×38 cm, Museo Nazionale del Bargello, Firenze