Let's go to Italy!

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これはシエナ派の画家、シモーネ・マルティーニが描いた《慈悲の聖母》という作品で、シエナ国立美術館が所蔵しています。


《慈愛の聖母》(または《守護のマントの聖母》)は、聖母マリアが腕のマントを拡げて、足元の人びとを包みこむ(守護する)姿を表現した図像のことで、マリアの慈愛や守護への信頼を表しています。


1347年から1351年にかけて、ヨーロッパではペスト(皮膚が黒くなる特徴から別名「黒死病」と呼ばれる)が大流行しました。ペストは、放置すると肺炎などの合併症によりほぼ全員が死亡する病気で、たとえ治療を試みたとしても、当時の未熟な医療技術では十分な効果は得られませんでした。その結果、このパンデミックは史上最悪の規模となり、ヨーロッパの人口の3分の1が命を落としたとされています。


ペストが猛威をふるうなか、人びとがとりわけ熱心に信仰を捧げたのが、聖母マリアでした。ペストという神の怒りを鎮めるため、マリアは「仲介者」として子キリストに怒りを解くように説得してくれると、そしてキリストも母であるマリアからの願いであれば聞き入れると考えられたからです。


作品情報:Madonna della Misericordia, Simone Martini, 1305-1310 circa, Pinacoteca Nazionale di Siena




カンポ広場は、シエーナの中心部にある歴史的な広場で、中世の広場としてはヨーロッパで最大のもののひとつです。「世界で一番美しい広場」と呼ばれており、中世においても、この広場の美しさが当局や市民たちの関心の的でした。


広場を扇に見立てれば、全体は、外縁から扇の付け根に向かってゆくにつれて低くなっています。扇の骨は、敷き詰められた煉瓦の畳を9つの二等辺三角形に区切っています。煉瓦の矢筈模様の並べ方は、通常の街路とは意識的に差別化され、その舗装は3度にわたって企てられ、1349年に、ほぼ現在の形になりました。


カンポ広場は、よくある方形でも卵形でもなく、あるいは円形でも半円形でもなく、どうして台形(半六角形)なのでしょうか。その形が、シエーナの守護聖人である聖母マリアのマント——シエーナをつつみこみ、町と市民を保護する——を表現している、と建築史家エンリコ・グイドーニは解釈しています。これには過剰解釈という批判もありますが、とても興味深いです。


広場には、シンボル的な存在のマンジャの塔をはじめ、市庁舎や広場を囲むような形でレストランやカフェが建ち並び、シエナ市民の集いの場所として利用されています。シエーナに足を運んだら、せっかくですからマンジャの塔にも登ってみましょう。頂上からは、カンポ広場の美しさだけでなく、シエナ旧市街から自然にあふれた緩やかな丘が続く絶景を堪能することができるでしょう。


また広場では年に2回、7月2日と8月16日には伝統的な競馬の祭り「パリオ(Palio di Siena)」も開催されます。伝統衣装に身をまとったパレードが行われた後に、熱狂のレースが繰り広げられ、その模様がイタリアで生中継されます。このお祭りには世界中から観光客が訪れ、広場は観客で埋め尽くされるほど人気があります。



地味で控えめな建物が多いなかにあって、唯一白く輝いている華美な建物がシエーナ大聖堂(ドゥオーモ)です。大理石の横縞模様が印象的なこの建物は、シエーナ中心部のカステルヴェッキオの丘の上にあります。


大聖堂は、1220年代から建築が着工され、1264年には建物の大まかな工事を終えましたが、ファザードや内部装飾が完成したのは1370年代で、約150年もの歳月を要しました。1339年に大聖堂の拡大計画が浮上したにも関わらず、疫病や財政難などにより計画は中止されたため、現在でも、その未完成の拡張工事部分をみることができます。


ファザードはゴシック建築で全体構成はロマネスク建築という、建築としては一貫性に欠ける教会堂ですが、多色大理石とモザイクで装飾された西正面部分のファサードはイタリアで最も美しいと言われています。


大聖堂の内部は、白と黒の大理石の象嵌による横縞模様がとても印象的です。また、ゴシック、ルネサンス、バロックなど様々な芸術作品で溢れており、大聖堂そのものが宝庫であると言ってよいでしょう。現在、大聖堂のほとんどの彫刻はコピーで、オリジナルは大聖堂美術館に保管されています。



シエーナは、トスカーナ州中部にある都市です。人口約53,000人のコムーネで、シエーナ県の県都です。


中世には金融業で栄えた有力都市国家で、13世紀から14世紀にかけて最盛期を迎えました。トスカーナ地方の覇権をフィレンツェと競い、またその経済力を背景として、ルネサンス期には芸術の中心地のひとつでした。中世の姿をとどめる旧市街は「シエーナ歴史地区」として世界遺産に登録されています。


シエーナの町を染めている色を「シエーナの土色(terra si Siena)」と呼びます。英和辞典で「sienna」という単語を調べてみると、顔料および色の名前として説明されています。特有の黄[赤]褐色で、カンポ広場をはじめ、市庁舎や政治・行政機関の建物の多くが、この色の煉瓦を使っています。さらに大多数の市民の家もこの色でできているので、高いところから俯瞰したり、遠望すると、感動を覚えます。派手さはありませんが、中世のシエーナ市民が祈念した市民の連帯の色がそこにはあります。


そして、その地味で控えめな建物が多いなかにあって、唯一白く輝いている華美な建物がドゥオーモ(司教座聖堂)です。


シエーナは、フィレンツェから南に約60kmの距離にあります。フィレンツェからは列車で約1時間45分、バスで約1時間15分で行くことができます。Siena Mobilità社がフィレンツェからの直行便バス(1310番)を運行しているのでおすすめです。