宗教権力の拠点であるサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂とサン・ジョヴァンニ洗礼堂、そして政治権力の拠点であるヴェッキオ宮殿の広場のちょうど真ん中に位置する、一風変わった外観をもつ建物がオルサンミケーレ教会です。
この箱型の建物は、教会堂のようには見えず、ピエトラ・フォルテ(petra forte, 黄褐色砂岩)で建てられた頑丈な要塞のように見えます。
この教会の名前は、750年に建設されたサン・ミケーレ礼拝堂(Oratorio di S. Michele Arcangelo, San Michele in Orto)に由来します。しかし、1240年には礼拝堂は取り壊されて穀物市場が建設されました。ところが、それから半世紀後の1304年、火災で市場は焼け落ちてしまいました。
1337年から、建築家のフランチェスコ・タレンティやネーリ・ディ・フィオラヴァンテの設計に基づいて再建されたものの、14世紀末には市場は他の場所に移転し、建物は礼拝堂として復活することになりました。1404年には、新たに2階と3階が増築され、非常時(飢饉)用の穀物倉庫として使用されることになりました。
そして、この多目的な教会を同業者組合(アルテ, Arte)がそれぞれの守護聖人像で飾ろうとしました。当時の政府は同業者組合の代表者によって構成されていましたので、組合は現在の政党に近いものと考えたほうがいいかもしれません。
組合には7つの大組合と14の小組合の合計21の組合がありました。大組合に所属するのは、フィレンツェの主要産業であるラシャ業(Calimala)、毛織物業(Lana)、絹織物業(Seta)のほか、両替商(Cambio)、医師・薬種商(Medici e Speziali)、毛皮商(Vaiai e Pellicciai)、裁判官・公証人(Giudici e Notai)の各組合です。そして、小組合には、肉屋、錠前屋、靴屋、武器・甲冑、大工・石工、鍛冶屋、材木商、宿屋、酒(ワイン)屋、油屋、パン屋などが属していました。
裁判官・公証人組合は聖ルーカ、両替商組合は聖マタイ、武器・甲冑組合は聖ゲオルギウスといったように、組合ごとに守護聖人が決まっていました。それは第一線の彫刻家たちの手で制作され、教会の周囲の計14の壁龕に設置されました。
カルツァイウォーリ通り(Via dei Calzaiouli)右端から時計回りに
𝟏. 裁判官・公証人(Giudici e Notai)
《聖ルーカ》ジャンボローニャ(ブロンズ)
𝟐. 商業裁判所(Tribunale della Mercanzia)
《聖トマスの不信》アンドレア・ヴェッロッキオ(ブロンズ)
▼当初はグエルフィ(教皇党)が所有し、ドナテッロのブロンズ像《トゥールーズの聖ルイ》が収められていましたが(現在、サンタ・クローチェ聖堂付属美術館所蔵)、その後、壁龕は商業裁判所に売却され、像も変えられました。
𝟑. ラシャ業(Calimala)
《洗礼者ヨハネ》ロレンツォ・ギベルティ(ブロンズ)
𝟒. 絹織物業(Seta)
《福音書記者ヨハネ》バッチョ・ダ・モンテルーポ(ブロンズ)
𝟓. 医師・薬種商(Medici e Speziali)
《バラの聖母》ピエロ・ディ・ジョアンニ・テデスコ(大理石)
𝟔. 毛皮商(Vaiai e Pellicciai)
《聖ヤコポ》ニッコロ・ディ・ピエトロ・ランベル(大理石)
𝟕. 亜麻布・古着商(Linaioli e Rigattieri)
《聖マルコ》ドナテッロ(大理石)
𝟖. 鍛冶屋(Fabbri)
《聖エリジオ》ナンニ・ディ・バンコ(大理石)
𝟗. 毛織物業(Lana)
《聖ステファノ》ロレンツォ・ギベルティ(ブロンズ)
𝟏𝟎. 両替商(Cambio)
《聖マタイ》ロレンツォ・ギベルティ(ブロンズ)
𝟏𝟏. 武器・甲冑(Corazzai e Spadai)
《聖ジョルジョ(ゲオルギウス)》ドナテッロ(大理石)
𝟏𝟐. 石工・木工の親方(Maestri di Pietra e Legname)
《4人の殉教者》ナンニ・ディ・バンコ(大理石)
𝟏𝟑. 製靴業(Calzolai)
《聖フィリポ》ナンニ・ディ・バンコ(大理石)
𝟏𝟒. 肉屋・魚屋・食堂経営(Beccai)
《聖ペテロ》ドナテッロとフィリッポ・ブルネッレスキ(大理石)
壁龕に設置されている彫像はすべてコピーで、オリジナルは美術館に展示されています。