サンタ・クローチェ聖堂にある《十字架上のキリスト》は、チマブーエの現存する最初期の作品です。キリストの磔刑を主題としたこの作品は、一般的に、1272年以前に制作されたと考えられています。
以前に制作されたサン・ドメニコ教会(アレッツォ)の彼の十字架像(3枚目)と比べると、柔らかさが増し、淡い色調とキリストの顔の柔和な表情が目立っています。キリストの身体は、ビザンティンの伝統である図式的な強い線的表現にかわって、柔らかい明暗のトーンによって丸味を与えられています。まっすぐに伸ばされた両腕のあいだで、キリストの息絶えた肉体はゆったりっとしたカーブを描きながら、左に大きくねじれています。画家は、ビザンティン的な豪著な装飾的要素を放棄して、いっそう人間的な解釈を好み、それは透き通った腰布の柔らかい襞のような細部にもゆきわたっています。
1966年にフィレンツェの街を襲った大洪水は、サンタ・クローチェ聖堂はもちろん、フィレンツェのほとんどが浸水してしまいました。聖堂そのものだけでなく、美術品にも被害がおよび、復興までに数十年の月日を費やしました。この作品も、1966年の洪水によって大きな被害を受けました。洪水後、ボランティアたちの手によって懸命に修復作業が行われましたが、残念ながらもとの美しい姿を完全に取り戻すことはできませんでした。
作品情報:Cristo crocifisso, Cimabue, 1272-1280 circa, tempera su tavola, 448×390 cm, Basilica di Santa Croce, Firenze