ミラノにあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会に附属した旧修道院には、レオナルド・ダ・ヴィンチの有名な壁画《最後の晩餐》があります。レオナルドが描いたなかで最大のサイズを誇る作品であり、彼が完成させた数少ない作例のひとつで、そしてついに彼に画家としての栄誉をもたらした作品です。
1495年、ルドヴィーコ・イル・モーロからの注文をうけて、レオナルドは制作を開始しました。ルドヴィーコは、ここをスフォルツァ家の菩提寺にしようと考えていて、自らもよくここを訪れていました。《最後の晩餐》の主題が選ばれたのは、この部屋が修道院の食堂だったからだ。
早速レオナルドを悩ませたのが、ユダの扱いです。聖書には、裏切り者がイエスと同じ皿に手をのばすとの記述があるため、どうしてもイエスとユダは近くに置かざるをえません。こうしてフィレンツェでは、食卓の向こう側に使徒を配置し、ユダだけを手前に座らせる構図が長らく主流となっていました。画面中央にただひとり背中を向けて座るユダは、まるで主人公のようで、レオナルドはこの不自然さを排し、ユダを他の全員と同じ列の中に置きました。
それから、通常であれば、ユダ以外の使徒たちには聖人であることを示すニムブス(光輪)が頭部にあるので判別できるのですが、レオナルドは見たことのないものは描かないというリアリストのため、ユダが裏切り者であることを、身振りと表情で表現するしかありませんでした。レオナルドは観相学の考えを発展させ、彼好みの幾何学的比例を顔や身体に持ち込みました。こうして登場人物たちはそれぞれの性格に応じて、それに相応しい比に基づき描かれました。「あなたたちのうち一人が私を裏切る」と言うイエスの言葉を耳にした使徒たちはさまざまな反応を表しています。
作品は4年ほどで仕上げられ、公開されてかなりの評判をよびました。あまりの筆の遅さに、ルドヴィーコは何度も画家をせかしてはいますが、レオナルドにしては異例の速さです。ミラノはその後ほどなくフランス軍の手に落ちますが、ここを訪れたフランス王ルイ10世もこの壁画を観ていたく感動し、壁から剥がして自国へ持ち帰ることはできないか検討したほどです。
作品情報:
Ultima Cena (Cenacolo vinciano), Leonardo da Vinci, 1494-1498, Tecnica sperimentale, 460×880 cm, Chiesa di Santa Maria delle Grazie, Milano