これはシエナ派の画家、シモーネ・マルティーニが描いた《慈悲の聖母》という作品で、シエナ国立美術館が所蔵しています。
《慈愛の聖母》(または《守護のマントの聖母》)は、聖母マリアが腕のマントを拡げて、足元の人びとを包みこむ(守護する)姿を表現した図像のことで、マリアの慈愛や守護への信頼を表しています。
1347年から1351年にかけて、ヨーロッパではペスト(皮膚が黒くなる特徴から別名「黒死病」と呼ばれる)が大流行しました。ペストは、放置すると肺炎などの合併症によりほぼ全員が死亡する病気で、たとえ治療を試みたとしても、当時の未熟な医療技術では十分な効果は得られませんでした。その結果、このパンデミックは史上最悪の規模となり、ヨーロッパの人口の3分の1が命を落としたとされています。
ペストが猛威をふるうなか、人びとがとりわけ熱心に信仰を捧げたのが、聖母マリアでした。ペストという神の怒りを鎮めるため、マリアは「仲介者」として子キリストに怒りを解くように説得してくれると、そしてキリストも母であるマリアからの願いであれば聞き入れると考えられたからです。
作品情報:Madonna della Misericordia, Simone Martini, 1305-1310 circa, Pinacoteca Nazionale di Siena