1460年頃、アントーニオ・デル・ポッライオーロは弟のピエロといっしょにメディチ邸のために3点の大型カンヴァス画を制作しました。1492年のメディチ家の遺産目録によると、これらの絵は高さ6ブラッチャ(19世紀まで用いられていた長さの単位で1ブラッチョ(braccio 腕)は約60cm)で、主題はフィレンツェの象徴的英雄ヘラクレスの物語のうち《ヘラクレスとライオン》《ヘラクレスとヒュドラ》《ヘラクレスとアンタイオス》でした。
これらの原作は全て失われ、画家自身による小さな板絵2点が残されています。17世紀の財産目録からは、2つの作品がちょうつがいで留められて二連になり、「本のように閉じられる」状態だったことが分かります。規模は小さくても、彼は解剖学的な表現に関心を払うことで、この英雄の自由なポーズを考え出したことが分かります。
(2枚目)
《ヘラクレスとヒュドラ》は「12の功業」のひとつで、レルネのヒュドラとの戦いを描いています。
ヒュドラとは9つの頭をもつ恐ろしい竜で、世界最強の猛毒を有し、首が一つ切り落とされると、その度に倍になって生えてきます。ヘラクレスは無限の再生力を持つヒュドラには悪戦苦闘しますが、甥のイオラオスが松明の炎で切り口を焼き焦がす事で新しい首が生えるのを妨ぎ、最後の不死身の首は、切断し、巨大な岩の下敷きにして倒しました。
ヘラクレスはライオンの皮を兜のように着用していますが、これは最初の「功業」の戦利品で、この皮のおかげで彼は無敵になりました。怪物は尻尾とツメのある足を英雄の脚にからみつかせることで、首締めから自由になろうとしています。そこへ重そうなこん棒が振り下ろされようとしています。
(3枚目)
《ヘラクレスとアンタイオス》は、大地の女神ガイアの息子でリビアで出会った巨人アンタイオスとの戦いを描いています。
アンタイオスは異邦人が通る度に戦いを挑み、戦いの時にはその間中大地に足をつけて、大地から新しい力をもらっていました。ヘラクレスは何度も彼を打ち倒しますが、その度に復活し、力が無限に増す彼に苦戦を強いられました。最終的に、ヘラクレスは大地に触れていなければ無限の力が得られないという彼の弱点に気付き、彼を地面から高々と持ち上げておいたまま、死ぬまで体を締め続けることで勝利しました。
ポッライオーロはすでに、メディチ家が注文し、現在はバルジェッロ美術館にあるブロンズ小像(4枚目)で、この主題を試していました。
この絵からは、締める際のヘラクレスの力がまざまざと見てとれます。ヘラクレスの筋肉と神経がすっかり張りつめ、歯をぎりぎり噛み締めています。アンタイオスはヘラクレスの両腕で締めつけられて力が絶え絶えとなり、ついに口を開けて息絶えてしまいます。
ところで、この神話主題の選択には、寓意的・道徳的な意味が隠されています。実際ヘラクレスは美徳と、悪や野蛮な力などのシンボルである獣を打ち破る勇気、という現実的な理想を具体化した存在と考えられてきました。さらにネオ・プラトン主義の理論にもとづくキリスト教的解釈によれば、へラクレスはキリストが姿を変えたものでもあります。
作品情報:
Ercole e l'idra, Antonio del Pollaiolo, 1475 circa, Tempera grassa su tavola, 17×12 cm, Galleria degli Uffizi (Sala 9), Firenze
Ercole e Anteo, Antonio del Pollaiolo, 1475 circa, Tempera grassa su tavola, 16×9 cm, Galleria degli Uffizi (Sala 9), Firenze
Ercole e Anteo, Antonio del Pollaiolo, 1475 circa, Bronzo, 45 cm, Museo nazionale del Bargello, Firenze